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僕自身、 この病気を強迫神経症(以下ocd)醜形恐怖(以下bdd)背負いながら 「働く」という行為をしてしまうと、中々上手く行かない面も 出てくると思います。 要するに、働く行為は「個人の責任」が 掛かって来るからです。 誰しも二十歳を越えれば社会との責任 が重視されてきます。 無断欠勤、出社拒否などの原因にも成りかねません。 まずこの神経症の末期の状態から脱出する手段として 一番有効打なのが、「好きな事を長く続けてみる」という事。 環境によっては、難しいかもしれませんが、私は長年頼の クリニックの医師に「働いても、学んでも何をしても良いが 自分の一番好きなことをやってみなさい。そこから スタートしてみなさい」こう言われていたと思います。この頃は もう一人で、外出もしていた時期でした。 当然僕には外に出る 「用事」がなかったのです。 僕は運良く「音楽」が好きで、幼少の頃からリズム楽器 特に、ドラムセットと親しんできました。もちろん家にはなく 学校の音楽室に放課後乗り込んで、一人で叩いていました。 僕はYAMAHAの教室に17歳ぶりに、通いだし2003/8で 丸2年は経とうとしています。 神経症とは囚われの病理であって、そこから少しでも 別の思考に切り替える事が大事だと少しは実感 しました。 もちろん薬の併用も大事だと感じます。 もしあなたが、醜形恐怖であり10代であるならば 物凄い波の時は、少し薬で落ち着かせ囚われつつも行動 出来る、気分のいい日を待ってみる事です。 その、気分のいい日を大切にし一歩ずつ進んでいく事が 第一のステップ、このファースト・ステップになって行きます。 人間など千差万別で、季節によって鬱っぽく行動が抑制される人 天候によって気分が優れず、日々が鬱、神経症っぽくなる人 様々です。 僕もその一人なのです。 ただ、神経症の事を一日 考えてしまっては酷い状態まで転げ落ちてしまいます。 ストレスは一日生きているだけで多少は感じるものです。 その発散を上手くしてやると、神経症も幾分は穏やかになるでしょう。 私はbddになって7年経ちました。 その中での経験は とても辛い物でした。 現在も私はbddなのです。 手拭で、頭を隠してみたりとそういう生活を送っています。 私は醜形恐怖は完治はしていませんが、極端に日常生活を 支配されるまでの「強迫行動」がなくなりました。 昔の感じでは、日に8時間も鏡を色んな角度、場所から 自分の顔や髪型を見ては繰り返していました。 それが、今では年に3回、酷くて10回と回数が極端に減りました。 薬のせいかも知れませんが、私的に「年齢がそうさせてくれた」 と言っても過言ではありません。 *何度見ても一緒だぜ* *めんどくさいから止めとけよ* という思考が最終的に勝った のでしょう。 醜形恐怖は日本では「強迫性障害」の中に入れられています。 主に「対人恐怖」から来る、自分の醜さを取り上げているのでしょう。 先進国のアメリカでは、立派に「身体醜形障害」(bdd)と独立した 病気で確立し、治療もそうなっています。 推測で、対人恐怖の割合%が日本と比べて少し低めなのだと 解釈しています。 対人恐怖圏醜形恐怖と神経症圏醜形恐怖と僕は捉えています。鍋田恭孝氏著の「対人恐怖・醜形恐怖」と題した著書にその言葉は描かれていました。圏とは「その中の」という意でしょう。上で述べた通りの二種類ではないのですが、この二種類がほぼ「醜形恐怖」の割合を占めているのではないでしょうか。 顔がメインだった醜形恐怖から、髪の毛のセットの神経症 にロックオンが変わったのかも知れません。 -髪が気になる、髪がきになる-という「強迫観念」の不安発作が 私の身に一つ残りました。 とても辛い日々を今も尚過ごしています。 過去何度も足を運んだ、美容外科。あまりに辛く、美容整形外科 での手術代100万円を18歳のクリスマスの手術の日にキャンセル した記憶は、家族も私も忘れないでしょう。 良かったのか、悪かったのか...それは気付くことの出来なかった 自身の心の足音なのだったのかも知りえません。 2003/6/15 pm5:00 |
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