□現在にて...□

2003年、現在と私なりの纏めについて。


僕自身、社会復帰=働く とは考えていません。 事にこの病気、強迫神経症または身体醜形障害、醜形恐怖は 慢性の病気だと言えます。 僕はこの病理自体をひっくるめて 「神経症」「ノイローゼ」と考えています。 ノイローゼと言うと、何か重っ苦しいですね。 ドイツ語では 神経症はノイローゼ。

神経症は遺伝の割合が強く、育った環境にその人の性格が 左右される割合が高いと考えます。 性格や心の病気が 風邪の症状の様に、「すっかり良くなりました」とはあまり 聴きません。 症状が軽度ながらも、働いてみたり、バイト 趣味に通って、没頭してみたりと脱出の仕方は環境により 様々だと考えています。

この病気を強迫神経症(以下ocd)醜形恐怖(以下bdd)背負いながら 「働く」という行為をしてしまうと、中々上手く行かない面も 出てくると思います。 要するに、働く行為は「個人の責任」が 掛かって来るからです。 誰しも二十歳を越えれば社会との責任 が重視されてきます。 無断欠勤、出社拒否などの原因にも成りかねません。

まずこの神経症の末期の状態から脱出する手段として 一番有効打なのが、「好きな事を長く続けてみる」という事。 環境によっては、難しいかもしれませんが、私は長年頼の クリニックの医師に「働いても、学んでも何をしても良いが 自分の一番好きなことをやってみなさい。そこから スタートしてみなさい」こう言われていたと思います。この頃は もう一人で、外出もしていた時期でした。 当然僕には外に出る 「用事」がなかったのです。

僕は運良く「音楽」が好きで、幼少の頃からリズム楽器 特に、ドラムセットと親しんできました。もちろん家にはなく 学校の音楽室に放課後乗り込んで、一人で叩いていました。 僕はYAMAHAの教室に17歳ぶりに、通いだし2003/8で 丸2年は経とうとしています。 

神経症とは囚われの病理であって、そこから少しでも 別の思考に切り替える事が大事だと少しは実感 しました。 もちろん薬の併用も大事だと感じます。 もしあなたが、醜形恐怖であり10代であるならば 物凄い波の時は、少し薬で落ち着かせ囚われつつも行動 出来る、気分のいい日を待ってみる事です。 その、気分のいい日を大切にし一歩ずつ進んでいく事が 第一のステップ、このファースト・ステップになって行きます。

人間など千差万別で、季節によって鬱っぽく行動が抑制される人 天候によって気分が優れず、日々が鬱、神経症っぽくなる人 様々です。 僕もその一人なのです。 ただ、神経症の事を一日 考えてしまっては酷い状態まで転げ落ちてしまいます。 ストレスは一日生きているだけで多少は感じるものです。 その発散を上手くしてやると、神経症も幾分は穏やかになるでしょう。

□あとがき□


私はbddになって7年経ちました。 その中での経験は とても辛い物でした。 現在も私はbddなのです。 手拭で、頭を隠してみたりとそういう生活を送っています。 私は醜形恐怖は完治はしていませんが、極端に日常生活を 支配されるまでの「強迫行動」がなくなりました。 昔の感じでは、日に8時間も鏡を色んな角度、場所から 自分の顔や髪型を見ては繰り返していました。 それが、今では年に3回、酷くて10回と回数が極端に減りました。 薬のせいかも知れませんが、私的に「年齢がそうさせてくれた」 と言っても過言ではありません。 *何度見ても一緒だぜ* *めんどくさいから止めとけよ* という思考が最終的に勝った のでしょう。

醜形恐怖は日本では「強迫性障害」の中に入れられています。 主に「対人恐怖」から来る、自分の醜さを取り上げているのでしょう。 先進国のアメリカでは、立派に「身体醜形障害」(bdd)と独立した
病気で確立し、治療もそうなっています。 推測で、対人恐怖の割合%が日本と比べて少し低めなのだと 解釈しています。

対人恐怖圏醜形恐怖神経症圏醜形恐怖と僕は捉えています。鍋田恭孝氏著の「対人恐怖・醜形恐怖」と題した著書にその言葉は描かれていました。とは「その中の」という意でしょう。上で述べた通りの二種類ではないのですが、この二種類がほぼ「醜形恐怖」の割合を占めているのではないでしょうか。
対人恐怖(人と接触出来ない)ものと、神経症(囚われて接触しにくい) とでは違ってきます。 私は現在、後者の醜形恐怖に病気が 変貌したと感じています。 後者も微妙に対人を意識した物なの ですが、前者の囚われ方と異なります。

顔がメインだった醜形恐怖から、髪の毛のセットの神経症 にロックオンが変わったのかも知れません。 -髪が気になる、髪がきになる-という「強迫観念」の不安発作が 私の身に一つ残りました。 とても辛い日々を今も尚過ごしています。 

過去何度も足を運んだ、美容外科。あまりに辛く、美容整形外科 での手術代100万円を18歳のクリスマスの手術の日にキャンセル した記憶は、家族も私も忘れないでしょう。 良かったのか、悪かったのか...それは気付くことの出来なかった 自身の心の足音なのだったのかも知りえません。
 
何を根本にその基準を醜いのか醜くないのかどれだけ距離を 離れても感情が心の奥で眠って居る。

2003/6/15 pm5:00


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