□バイトでの過労と不整脈□

バイトと言っても目次2の通り、ほんの数ヶ月 の間の仕事だった。 そこで出会った働く人達の顔ぶれ は今でも印象深い。 髪の毛をスポーツがりにした同い年の子が、先にバイト として雇われていて、所長にもあれこれ仕事は教わったが この友達が適当に教えてくれたりしていたので、便利屋だった。

僕は、僕等はまだ若かった。 大人と思い込んでいた。 17歳が大人と思い込んでいた。 友達は髪を長髪にし 僕は茶色くした。 あの頃の考えの中で生きていた僕は まだ、子供だった。 16歳にもバイトをしたりしていたが その時も、ロッカーの鏡で「醜形恐怖の発作」があったが ここでは省略しておく。

その借家で住んでいた僕は、そこで曲にする為の「詞」を ルーズリーフに50枚以上は書いてたと思う。 作詞に関しては 16歳頃からやっていたが、当時、YAMAHAのシンセサイザーの DX7という楽器を使って、作詞作曲を試したりしていた。 今となってはどれもボツだが、その紙に書いた「詞」だけは 今でも机の引出しに締まってある。 一枚だけ、YAMAHA音楽振興会に詞の公募の評価を貰った。 タイトル「12星座物語」...。 ロマンスに酔いすぎてると一言 コメントに書いてあった。 詞の評価自体は中の上だった気がする。 思い出の公募の詞は、遠い空に消えた。

バイトを辞めてからは、借家から新築の家に引っ越してきた。 僕はそれ以前、自分だけの部屋も無いくらいの家に暮らしていた。 だから、「自分の要するに自部屋がある」その喜びに打ちひしがれた。 ベットで寝られる、好きに模様替えできる。 楽しみで一杯になった。 自分の絵を飾ろう、楽器をいっぱい並べよう...。 最後のバイトの依頼が来て、この新築の家での出発で最後だった。 シャワーを浴びて、当時唐沢寿明がCMしていたトニックシャンプー で洗髪して家を飛び出した。 最後だからムースをつけていった。

辞めて、二週間目だったろうか...TV。木村佳乃がCM.... JAL...リゾッチャ....赤いペディキュア塗るシーン.........。 このTVを見ていて、やけに胸が苦しくなってきた......。 別にCMに問題は無い。 物凄く苦しいのだ。 胸が苦しい。 心臓がそのうちに、脈が跳び始めた。不整脈だ。 僕は体中が冷や汗でいっぱいになった。 「過労の心臓発作かな」 「かなり肉体労働はしたし」 疑えば疑うほど苦しくなって行く。 我慢が出来ず、二階に居た俺は一階の居間に降りてきて 苦しい、心臓が苦しい.... 脈が跳んで息が出来ない、コントロール 出来ない。 「俺はまだ死にたく無いぃぃ!!!」 「まだ若いぃ!」 あらゆる言葉を叫んだ...がその内に全身の筋肉が過呼吸発作 により硬直した。 様はロボットのようになった。

祖母が119番に連絡、兄が救急車を誘導。 直ぐに救急車を呼ばれ、そのまま歩いて車に乗った。 全身が痺れて、心臓の脈がいまだ跳んでいた。

覚えている...。 空は薄曇っていて小雨、土曜日 TVは吉本新喜劇、... 俺は死ぬ恐怖に怯えていた。 この頃から、野次馬が俺の周りに付き始めた。

追記

当時を振り返るとこの症状は、パニック障害と言っていいのか分からないが心臓神経症、不安神経症なのだと、2003/5現在に感じる。兎に角、ここから僕は僕のDNAに存在した神経質の因子が 反応し「神経症」になっていった...。


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