□02年、22歳からの出発□

01年、8月から外に週一回でも外出しだした。半年間躁状態だったり 沈む日も、もちろんありました。気分の季節による変動 心境、環境の変化。 これに慣れるのにはまだまだ先の話でした。 もちろん、外出できた事によってまた、「バイトの面接」 という社会的接点というものがどういうものなのか 真剣に考えました。 時に22歳。 遅すぎる再出発...。 自分でも心の中で羞恥心も蠢いていた。

同じ世代の連中は成人式も終り、大学も終り バイトや就職をしているだろう。 その中で 僕の心の中身は16歳の気持ちのままだった。 病気からの開放の後に待っていたのは、浦島太郎のような 焦燥感だった。

バイトの面接も、専門学校もなぜかまだ怖く 受かっても行かなかった。 行かせてもらえても 行けなかった。 まだ引篭りから1年も経っていないから 今(03年)考えれば、落ち着きのない話だ。

01年の10月頃にHPの作り方を知り、作った。変哲もない、日記サイト。 そのときに、やっとリンクしてもらったのが ネットの醜形恐怖の大御所のサイトであった「OneLife」 というサイトのShunさんだった。 彼は僕のネットの キーワードやブランドになっていた。 99年に彼の サイト(当時、ジオサイトのストレンジカメレオン)の日記を知って 以来、彼の日記が当時何も表現できなかった僕の唯一の 「助けの綱」みたいなものだった。 何故か安心した。

そのOneLifeというサイトも01年には幕を閉じようとしていた。 その間際にリンクして貰った。 既に彼は東京での一人暮らしという 野望を持って、活動していた。 そう、引篭りの昔の彼では 既になくなっていたのだ。 虚しい気持ちも僕には合った。 しかし、僕も新しい02年を活動して行かなければならないと 思い、その悲しみを断ち切った。

そして、02年が始まった。僕の新しいサイト「SelfControl」 メンタルを全面に押し出して、活動をとっていた。 そこでの出会いや口論など様々だったが、やっとインターネット の本当の活用の仕方を学んだ(汗) 風景写真を載せる事が理想だったので、デジカメを直ぐ 買った。

99年以来の01年に次ぐ、本格的なダイエットを仕掛けた。 80kg近くあったと思う。 6〜10月まで外出のウォーキング も兼ねて走った。 兎に角走りまくった。 10km 二時間。 これが基本だった。 食事も制限。(ダイエットに関しては後に 詳しく書きます。)

実は2002年は、「資格」を取るつもりで予備校の通信生 になった。2002/5 が、疲れが出て行けませんでした。 引篭り脱出から1年も経ってナイシ.... 

急がなくてもいい。じっくり、ゆっくりでいい。  着実に行っても、不安発作が出て崩れてもいい。 絶対に崩れないものがある。築き上げた土台がそう頷くよ...。


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